アジア人の血が混じる瑠駆真は、ミシュアルの親族には受け入れられていない。同じアジア人である母が受け入れてもらえなかったのと同じだ。
瑠駆真の存在を巡って、親族と言い争うミシュアル。その姿を、アメリカで何度も目撃している。
あの温和なミシュアルが、気性の激しそうなアラブ人と言い争う姿に、その頃の瑠駆真は恐怖すら感じた。
その姿が、ミシュアルに対する不信感を大きくさせたのかもしれない。
言葉は理解できなかったが、会話のところどころに出てくる”ルクマ””ハツコ”という言葉に、自分たちが揉め事の原因になっていることを理解した。
僕は、所詮は厄介者だ。
日本では虐められ除け者にされ、アメリカでは自分を巡って言い争う。
僕はいったい、何なんだ?
日本に帰りたいと思ったのは、別に望郷の想いがあったからではない。
誰もいない静かなところへ、逃げたかっただけ。
だから、母と暮らした岐阜へは戻らなかった。ただ、まったく知らない土地で暮らす勇気もなかった。
唐渓を選んだのは、成績さえクリアすれば留年せずに入学することができたから。
渡米後すぐに不登校者となった瑠駆真。普通の公立であれば、中学三年か高校一年へ編入されていたはずだ。
日本の学校へ通えば、また中学の時のように虐められるかもしれない。そんな恐怖の中、年の違う生徒たちと仲良く学生生活を送れる自信が、小心者の瑠駆真の内には存在しなかった。
英語の出来を責めたてる母はもういないけれど、だからといって毎日を楽しく暮らせるという保障はない。
そう、瑠駆真は母が好きではなかった。
「僕のことも母さんのことも放っておいたくせにっ」
事あるごとにミシュアルにはそう叫ぶが、だからと言って母を慕っていたかと言えば、そうではない。
母が嫌いだった。なぜなら、苦手な英語を強制してくるから――――
「これからは、英語なんて話せて当然なのよっ!」
そう言って、家庭教師のように英語を教えた。だが、母が身を入れてくればくるほど、英語を毛嫌いした。
自分を虐める同級生たちも、それを傍観するだけの他の生徒たちも、学校に馴染めない瑠駆真を責めるだけの母も、みんな嫌いだった。
瑠駆真はただ、嫌って遠ざけることしかできなかった。その方法しか思いつかなかった。
そうだ。僕は小心者で臆病者で、目の前の困難に正面きって立ち向かえるような度胸も根性もない。そんなものは持ちあわせていなかった。
君に逢うまでは―――――っ
「まぁ とりあえず、元気な顔が見れて安心したよ。今夜は一緒に夕食が取れるはずだ」
「別に取りたいとは思わないよ」
苛ただしげに背を向ける。
「どうして僕に構うんだっ もう放っておいてくれっ」
「そうはいかない。お前は息子だ」
「僕は父親だなんて、認めてないっ 何度言えばわかるんだっ!」
床にむかって喚き散らす相手。それにもまったく動じず冷静を保てるのは、年の功だろうか? 広い世界を舞台に身に付けた器量だろうか? それとも、王族という尊い血筋故だろうか?
「今は認めてくれとは言わない」
飽く迄静かな声。
「だが、こうやってお前を援助している以上、お前は私の息子となる。お前が認めなくても、世間の目にはそう映るだろう」
「誰が僕のコトなんか見るかよっ!」
「私の立場が、お前へも多くの視線を向ける」
「はた迷惑な立場だな」
「迷惑だと思うなら、私と縁を切ることだ」
淡々と、まったく口調を変えずに、だがその内容はとても冷たい。
縁を切る
その言葉に瑠駆真は一瞬、慄然とする。
縁を切る――――
それは、これまで受けてきた援助の、すべての打ち切りを意味する。
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